サーフィンをしていると、心の状態が、そのまま視線に現れることがある。
デカくて掘れてくるような、自分の実力より少し上のコンディション。
沖からくるうねりを見ながら、
「ちゃんと乗れるかな」
「巻かれたら嫌だな」
そんな思いに囚われ、心に余裕がなくなってくる。
そして、いざテイクオフ。
気がつくと、視線がボードのノーズに釘付けになっている。
すると、ノーズが沈み、板がうまく走り出さない。
テイクオフが遅れる。
ひどい時には、そのままノーズが波に刺さってパーリング。
こういう時、僕は「気が滞っている」のだと思う。

怖い。
失敗したくない。
うまく乗らなければ。
そんな思いに気を取られ、意識が一点に固まってしまっている。
すると不思議なもので、視野まで狭くなる。
本当はノーズではなく、自分が進んでいく波のフェイスを見ればいい。
視線が上がれば、顔自体が起きる。
すると、板も走り出す。
頭では分かっている。
でも、心に余裕がないと、それができない。
そんな時、僕は一度、深く息を吐く。
そして、臍下の一点。
へその少し下あたりに意識を置いてみる。
肩の力を抜く。
呼吸を整える。
気を滞らせない。
気が身体の中から、すっと外へ流れていくような感覚を持つ。
すると、少しずつ視野が広がってくる。
目の前のノーズだけではなく、その先にある波が見えてくる。
考えてみれば、これは日常生活でも同じなのかもしれない。
仕事で問題が起きた時。
人間関係で悩んでいる時。
将来に不安を感じている時。
人は不安になればなるほど、そのことばかりを考える。
まるでテイクオフの瞬間、ノーズだけを見つめているように。
目の前の問題が、世界のすべてになってしまう。
でも、本当はその先にも世界は続いている。
別の道があるかもしれない。
助けてくれる人がいるかもしれない。
少し時間が経てば、まったく違う景色が見えてくるかもしれない。
それなのに、気が滞っていると、それが見えない。
だから、そんな時ほど深呼吸。
肩の力を抜いて、臍下の一点に意識を置いてみる。
よく「臍下丹田」というが、僕の場合、それだと少し広がりをイメージしてしまい、かえって力が入ってしまう。
だから「点」。
一点だけを意識する。
これなら、力が入りようがない。
そして、目線を少しだけ遠くへ。
気が流れれば、視野が広がる。
視野が広がれば、進むべき方向がよく見えてくる。
波の上でも。
人生でも。
案外、うまくいかない時ほど、
僕たちはノーズばかりを見ているのかもしれない。
Ryuei
Surfer・Illustrator&Author