波の理70 気を滞らせないの理〜Look Beyond the Nose〜

サーフィンをしていると、心の状態が、そのまま視線に現れることがある。

デカくて掘れてくるような、自分の実力より少し上のコンディション。

沖からくるうねりを見ながら、

「ちゃんと乗れるかな」

「巻かれたら嫌だな」

そんな思いに囚われ、心に余裕がなくなってくる。

そして、いざテイクオフ。

気がつくと、視線がボードのノーズに釘付けになっている。

すると、ノーズが沈み、板がうまく走り出さない。

テイクオフが遅れる。

ひどい時には、そのままノーズが波に刺さってパーリング。

こういう時、僕は「気が滞っている」のだと思う。

        いつまで経ってもデカい波にビビっている。。。

怖い。

失敗したくない。

うまく乗らなければ。

そんな思いに気を取られ、意識が一点に固まってしまっている。

すると不思議なもので、視野まで狭くなる。

本当はノーズではなく、自分が進んでいく波のフェイスを見ればいい。

視線が上がれば、顔自体が起きる。

すると、板も走り出す。

頭では分かっている。

でも、心に余裕がないと、それができない。

そんな時、僕は一度、深く息を吐く。

そして、臍下の一点。

へその少し下あたりに意識を置いてみる。

肩の力を抜く。

呼吸を整える。

気を滞らせない。

気が身体の中から、すっと外へ流れていくような感覚を持つ。

すると、少しずつ視野が広がってくる。

目の前のノーズだけではなく、その先にある波が見えてくる。

考えてみれば、これは日常生活でも同じなのかもしれない。

仕事で問題が起きた時。

人間関係で悩んでいる時。

将来に不安を感じている時。

人は不安になればなるほど、そのことばかりを考える。

まるでテイクオフの瞬間、ノーズだけを見つめているように。

目の前の問題が、世界のすべてになってしまう。

でも、本当はその先にも世界は続いている。

別の道があるかもしれない。

助けてくれる人がいるかもしれない。

少し時間が経てば、まったく違う景色が見えてくるかもしれない。

それなのに、気が滞っていると、それが見えない。

だから、そんな時ほど深呼吸。

肩の力を抜いて、臍下の一点に意識を置いてみる。

よく「臍下丹田」というが、僕の場合、それだと少し広がりをイメージしてしまい、かえって力が入ってしまう。

だから「点」。

一点だけを意識する。

これなら、力が入りようがない。

そして、目線を少しだけ遠くへ。

気が流れれば、視野が広がる。

視野が広がれば、進むべき方向がよく見えてくる。

波の上でも。

人生でも。

案外、うまくいかない時ほど、

僕たちはノーズばかりを見ているのかもしれない。

Ryuei
Surfer・Illustrator&Author

→波の理69 視線と意識の理

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