波待ちダイアリー47 あと一本の魔法〜The Stillness After “One More”〜

あと一本の魔法〜The Stillness After “One More”〜

風がまだ起きていない湘南の朝は、音がやわらかい。
誰かのパドル音も、砂浜を走る犬の足音も、霧に包まれたように低く響く。ドライスーツ越しに「こんなに冷たかったっけ」と感じる12月の海。毎年のことだけど、それでも海には来てしまう。

「あと一本乗ったら上がるわ」
言った瞬間、波友がニヤリと笑う。「あ、それ言っちゃったね」
僕も笑ったけれど、心のどこかで(しまった)とつぶやいた。

案の定、海は無言になる。
さっきまでの腰腹のセットが、遠慮するかのように急に消える。海面はツルンとして、ミルクティーみたいに静かだ。代わりにカモメが一羽プカリと浮かんで、「いや、お前じゃない」と心の中でツッコむ。

10分が過ぎ、少し焦りが滲む。
(さっきのに乗っとけばよかった)
(このまま乗れずに終わるんじゃ…)
どうでもいい自問自答が頭の中で渦を巻く。

ほんと、こういう時の海はマーフィーの法則そのものだ。
傘を持てば晴れ、車線変更すれば元の車線の方がスイスイ進み、そして「あと一本」と言えば波が止まる。

それでも誰も海を責めない。
この“間”も含めて、朝のセッションの一部だと知っているからだ。悔しくて、可笑しくて、どこか愛おしい時間。

ふと背中が温かい。
雲の切れ間から朝日が差していた。潮の匂い、遠くの鳥の声。静かな海に浮かんでいるだけで、心がゆっくり整っていく。

「まあ、いいか」
波に乗れなくても、今日も海に救われた。

ゆっくりとボードを返し、岸へ向かってパドルを始めた。

日日是好日なり
Ryuei

→波待ちダイアリー46 二度寝とのランデブー

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