〜師匠がくれた一冊〜A Book Heavy with Time, Handed Down by My Mentor〜
師走真っ只中の湘南。
いつも通り朝イチのサーフィンを終え、僕は着替えもそこそこに、とびきり冷たい海風の中を自転車を漕ぐ。向かう先は、ウォームアップサーフ。年内の営業は、この日が最後。
店に着くと、僕のサーフィンの師匠であるノブさんこと塩坂プロが、奥の棚から何かを取り出した。
挨拶もそこそこに、「これ、Ryuちゃんに」と手渡されたのは、ずしりと重たい一冊の本。
『THE BIG WAVE RIDERS OF HAWAII』。
そのときは、表紙に書かれた ”Collodion Wet Plate Photographs” という言葉の意味も分からなかった。
だが、家に帰ってページを開いた瞬間、それが単なる写真技法ではないことに、少しずつ気づきはじめた。
ページをめくるたび、写真の中のサーファーたちが、こちらを静かに見返してくる。
すべてモノクロ。
エディ・アイカウのストーリーを軸に、ワイメア、ハレイワ、マカハと、それぞれの場所で生きてきた、ビッグウェーバーたちのポートレートが並ぶ。
波の写真はほとんどないが、目が離れなくなった。
ケリー・スレーターの写真もあった。
ミッキー・ムニョス、シェーン・ドリアン、ロビー・ナッシュ……。
僕でも名前だけは知っているレジェンドたちが、どの写真でも「肩書き」を脱いでいた。スターの光はなく、代わりに、海と生きてきた人間の時間と気配だけが、静かに漂っている。
湿板写真は、シャッターを押した一瞬だけでなく、その人がそこに立っていた“時間ごと”写してしまうのかもしれない。
そう思ったとき、ページの重さが、少し違って感じられた。
こんな高価なものを、と戸惑う僕に、ノブさんは「いや、Ryuちゃんだからこそ」と笑っていた。
この本が、その重厚な作り以上の重たさを宿している理由が、ポートレートの合間に挟まれた英文のエッセイを読み進めるうちに、少し分かった気がした。
海辺に住む僕は、ときどき月夜の浜辺を歩く。
その夜、波はなかった。
けれど本を閉じたあとも、胸の奥に、ひとつ抜けきらない波が残っていた。
そういう日だった。
日々是好日なり
Ryuei
