五戒の理〜A Quiet Reset in the Lineup〜
朝の鵠沼は、まだ眠りの名残を抱えたまま静かだった。
薄い光が水面にほどけ、海がゆっくりと呼吸しているように見える。
沖へ向かうだけで、胸のざわつきも溶けていく――そう思っていた。
ところが最初の一本で、別のサーファーに前乗りされてしまう。
その小さなイラつきが、仕事の締め切りや、昨夜の妻とのちょっとした言い合いまで引っ張り出してくる。
思うほどパドルが噛み合わず、テイクオフもぎこちない。
ラインナップに戻ると、急に海が静まり返った。
沖合から、かすかな風の音だけが聞こえる。
その静けさの中でふと『五戒の法則』を思い出した。
不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句――
さっきの心の中に、全部そろっていた。
「今のナシ」
そうつぶやいて、深く息を吸う。
潮の匂いが肺に広がり、波のリズムと呼吸が少しずつ揃っていく。
同じ海のはずなのに、さっきより柔らかく見えた。
ほどなくして、小ぶりでも形のいい波が寄ってきた。
今度は力まずにパドルができ、ボードが自然に波と一体になる。
小さな波で、テイクオフから少しヨコに走れるだけなのに、朝の海と仲直りできたような気がした。
日常の揺れは消せない。
でも、「今のナシ」と言える余白さえあれば、
海の機嫌も、僕の心も、少しは軽くなるのかもしれない。
波打ち際に戻ると、もうひとつ深呼吸がこぼれた。
日々是好日なり
Ryuei

