ワンセットの理 〜The Quiet Gift of Duality〜
夜明け前の鵠沼は、まだ息をひそめていた。
薄い雲の向こうから滲む光が、濡れた砂に細い金の帯を描いている。
僕はその端に立ち、寄せも返しもしない海を、ただ静かに見つめていた。
沖ではわずかなうねりが揺れ、遠くの影たちがじっとその気配を待っている。
どうして波のない朝は、こんなにも手持ち無沙汰なのだろう。
どうして小さくても波が立つだけで、胸の奥がふっと温かくなるのだろう。
ふいに、その答えのようなものが背中越しの風とともにやってくる。
空腹があるから、一口目の味は深く沁みる。
凪が続くから、一筋のうねりに心が動く。
満たされなさや停滞は、喜びを受け取るための“裏面”で、
どちらか片方だけでは、ひとつのコインは成立しない。
足もとに落ちていた光の帯が、ゆっくりと色を変えた。
その瞬間、沖から控えめなセットがひとつ入ってくるのが見えた。
小さくても、たしかに「波」と呼べるものが、まっすぐこちらへ向かってくる。
胸の重さが、ふっと軽くなる。
待つ時間も、満たされる時間も、
そのどちらもが、ひとつの“ワンセット”なのだと知りながら。
日々是好日なり
Ryuei
