先日、noteへの『ヘタパパ』連載が、一の波から五の波まで、全38話をもって一区切りとなった。
現在、創作大賞のエンタメ原作部門に応募している。
まずは、ここまで読んでくださった皆さんに感謝したい。
実は、『ヘタパパ』には原点がある。
写真は、今から二十年以上前。
まだ子供たちが幼かった頃に、父親である僕が手作りした絵本だ。
タイトルは、
「へたくそパパサーフィン」
今思えば、全てはここから始まっていた。

⸻
ヘタパパの世界観は、そのまま僕のイラストやエッセイの世界観でもある。
上手くなくてもいい。
格好良くなくてもいい。
それでも好きなことを続けている人は、どこか魅力的だ。
海辺で出会った人たち。
波友たち。
サーフィンを通じて学んだこと。
そうしたものが、ずっと僕の創作の中心にある。
⸻
もう一つ、創作の大きな動機があった。
サーフィンをモチーフにした小説が、意外なほど見当たらなかったことだ。
ハウツー本や写真集はたくさんあるのに。
だけど、サーファーたちの日常や人生を描いた物語となると、伝記モノを除けば驚くほど少ない。
だったら、自分で書いてみよう。
そんな思いが、ずっと心のどこかにあった。
⸻
僕自身、今は湘南の海辺に、小さいながらもアトリエを構え、サーフィンのある生活を送っている。
波のコンディションに一喜一憂し、
海を眺め、
仲間と笑い合う。
そんな日々を現在進行形で生きている。
だからこそ、そのフィルターを通して見える世界を、文章として残してみたかった。
⸻
もっとも、『ヘタパパ』はサーフィンだけの物語ではない。
若い頃の商社マン経験。
広報という少し特殊な仕事。
組織の論理と個人の人生。
成功も失敗も含めた悲喜こもごも。
そうした経験もまた、この物語の大切な材料になっている。
⸻
実は、小説化の構想はかなり以前から温めていた。
しかし、当時の僕にはまだ書けなかった。
転職も経験していなかった。
子育ても終わっていなかった。
転勤の連続で湘南からも離れてしまった。
振り返ると、人生経験そのものが足りていなかったのだと思う。
五十歳を過ぎ、
転職を経験し、
子供たちを育て上げ、
六十歳が見え始めて、再び海のそばへ戻ってきた。
ようやく筆を取る条件が整ったのかもしれない。
⸻
実際に書き始めてみると、想像以上に難しかった。
サーフィンを文章で描写すること。
サーファーや海辺の暮らしの空気感を言葉にすること。
波の表情を伝えること。
改めて、サーフィンはもとより、スポーツ小説が少ない理由も少し分かった気がする。
それでも、この難しさこそが面白かった。
イラストとは違う表現の楽しさがあった。
僕にとって、小説は新しいチャレンジになっている。
⸻
そして不思議なことに、途中からキャラクターたちが勝手に動き始めた。
ヘタパパ、キッド、Mr.DJ、HAWKに大将と、作者である僕が予定していなかった台詞を喋り、
思いもしなかった行動を取る。
小説家がよく言う話を、僕も少しだけ体験することができた。
あれは楽しかった。
本当に楽しかった。
⸻
ひとまず、一の波から五の波までをもって創作大賞に挑戦している。
だが、ヘタパパの旅はまだ終わらない。
少しだけ息を整えたら、
また海へ出ようと思う。
六の波の向こうには、まだ見たことのない景色が待っている気がしている。
日々是好日なり
Ryuei
Surfer · Author & Illustrator