波待ちダイアリー76〜ワンネス〜Where I End and the Ocean Begins

サーフィンをしているとき、僕は「うねり」をひとつの塊として見ていた。

沖を見ながら、
「これは良さそうだ」
「あっちは小さいな」
「次のセットに乗ろう」

そんなふうに、次々とやってくるうねりを、それぞれ別のものとして捉えていた。
そして、コレ!と思ううねりを見つけると、その方向や速さを見極めながらパドルを始める。
うねりのスピードと、自分のパドルのスピードを合わせていく。
やがてボードのテールが持ち上がり、ほんの一瞬、身体がふっと軽くなる。

テイクオフ。

サーフィンをしている時の僕にとって、波とはいつも「一本、一本」だった。

でも先日、ラインナップで波を待ちながら、ふと思った。

このうねりも。
あのうねりも。
さっき僕が乗ったうねりも。
これから誰かが乗るうねりも。

よく考えれば、全部、同じ海なんだよな、と。

当たり前の話なのだけれど。
海には、境目なんてない。

僕がいつも入る鵠沼の海も、沖を辿っていけば、ハワイの海へとつながっている。
さらにその先には、北極の海もあれば、南極の海もある。
僕らは便宜上、太平洋とか、大西洋とか、インド洋とか、いろいろな名前をつけて呼んでいるけれど、地球の海をどこかできれいに切り分けることなんてできない。
全部、つながっている。

そう考えていたら、「ワンネス」という言葉が頭に浮かんだ。

                      トロンとオイリーなサンセット。海に溶け込んでいく感覚。


すべてはひとつ。
海ほど、それを分かりやすく見せてくれるものはないのかもしれない。

そして最近、もうひとつ、不思議な感覚を覚えることがある。
波待ちをしている時だ。
ボードにまたがり、沖を眺めている。
身体はゆらゆらと海面に揺られ、足は海の中にある。
波がなければ、何をするでもない。
ただ、そこに浮かんでいる。
そんな時間が続いていると、自分と海との境目が、少しずつ曖昧になっていくような感覚になることがある。

海の上に「僕」がいる、というより、
海の中に「僕」もいる。
いや、
僕も、この海を構成している小さな一部なんじゃないか。
そんな感じ。
もちろん、僕が海になるわけではない。
でも、ボードの上でただ波を待っていると、普段は強く意識している「自分」という輪郭が、ほんの少しだけ薄くなる。
そしてその向こうに、海があり、空があり、風があり、太陽があり、地球がある。

その全部の中に、自分もいる。

地球をひとつの大きな生命体のように捉える「ガイア」という考え方があるけれど、サーフィンをしていると、それを頭ではなく身体で感じる瞬間があるような気がする。
それは、いい波に乗った瞬間だけではない。
むしろ、何もしていない波待ちの時間にこそ、ふっと訪れたりする。

一本の波を追いかけて海へ入ったはずなのに、
気がつけば、自分もその大きな海の一部になっている。
サーフィンとは、波に乗る遊び。
でも、それだけじゃないのかもしれない。
海に浮かびながら、
自分もまた、この地球の一部なのだと思い出す時間。
そんな時間も含めて、
僕はサーフィンが好きなのだと思う。

日日是好日なり

Ryuei
Surfer・Illustrator&Author

→Blissful Silhouette(A4サイズ)

→波待ちダイアリー75 Flow

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